●6話

 ・・第一章・・

 『凉の記憶を共有できなかった分が、本の形に集約されて浮き上がっているのかもしれない・・。』
 なんて、イメージの中の本の存在を、そう位置づけていたのだった。
 それにしても一から数式や、英単語を暗記するような苦労は全くなく、文字を指でなぞる作業のみで、美咲の意識の中に埋め込まれてくる知識の存在は、ありがたかった。
 とはいえ凉の知識や、体験は膨大だ。
 さすが、河田家の次期当主と言われた教育を受けている。
 英語だけじゃなく、フランス語、ドイツ語。中国語まで入っていたのには、恐れ入った。
 言葉だけでなく、ちょっとした帝王学らしき物や、スポーツもその範疇にあったらしく、たしなむ程度にあったものの、テニスや、ゴルフにビリアード。 社交ダンスまであって、美咲を仰天させたのだった。
 そして、ピアノにバイオリン・・・。
 河田の子息は、音楽まで堪能でなければいけなかったのか?
 とてもじゃないが、一夜にしてモノにできるものではない。
 元々河田家を継げる状況ではない美咲は、受験に必要なものをピックアップした・・・・。
 だから、ほとんどまともな勉強もせずに、この香徳大付属高校に、無事合格できたのである。
(凉クン。・・・もう少し、この体を貸していてね。)
 心の中でつぶやき、『学問の扉』の横に浮かぶカウントの『10』の数字を、確認する。
 『10』の文字は、はじめから『10』だ。これがいつ『9』に変化するのか、そもそも数字が変化するのかさえ、美咲にはわからないのである。とはいえ・・・。
(ずっとこのまま・・・なわけないわよね。)
 それを思うと、暗くなる。
 けれど、今はまだ『10』なのだ。
 同じ過ごすなら、「どうしよう。」と、暗くなるより、新しい生活に思いを馳せる方が、人生無駄にならないはず。
 無理やり自分にそう言い聞かせて美咲は、明日必要なものを出してゆくのだった。




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