●50話
・・第二章・・
・・・昼の休憩の後も鉄の見学は続いて、ペアは菜穂と組んでいると、女の子達の視線が、やたら痛いぐらいに突き刺さってくるのに気がついた。
「・・・みんな、あなたと組みたいらしいのよ。」
コッソリ耳打ちされて、
「えー!。」
と、のけぞる美咲に、菜穂は
「安心して、ペアは代わらないから、トイレにも行かないし・・・。」
と、答えてくれた。
「・・ごめんよ。でも、頃合いを見て、別な子と交代してもらってもいいから・・。」
「そうだね。志乃あたりに少しの間、頼んだっていいかも。」
まだあの二人、喧嘩中みたいだから・・。
言われて、菜穂と二人して振り返ると、篠山と志乃の二人もペアを組んで、見学していた。
ペアは解消せずに、お互いプンと顔をそらして歩いている姿を見ていると、微笑ましいくらいだった。クスクスと自然笑いがこみあげてくる。
途中、志乃と交代して、ちょっとした話をしようとしたら、見学も終わりになってしまう。
一行はお互い高校のバスが停車してある駐車場で点呼を済ませると、工場長の挨拶で見学は終了する。
共同の社会見学は、とても不思議な、けれども新鮮な気持ちにさせられるイベントだった。
名残りおしい気分を残して、乗ってきたバスに乗り込む。
すべての生徒が乗り終えると、バスは走りだした。
精華女学院付属の生徒達に、みんなで手を振って別れを告げる。
“ホウ・・。”
と、どこからともなく、小さなため息があちらこちらからした。周囲を見渡すと、バスに揺られて、何ともいえない彼女達の残り香のようなものに、酔ったようだ。ぼんやりとした顔付きの面々にぶち当たって、美咲はクスリと笑みをもらす。
「河田・・。」
ふいに横から問いかけられて、振り向くと隣に座る青木の視線にぶち当たった。
「何?」
「今日はサンキュー。ペアを代わってくれて・・。」
「いいよ、そんな事。アオイちゃんと、話出来た?」
「毎回できないよ。でも、気になる子なんだよね。」
「・・・分かるよ、その感じ。何か抱えている子だね。」
「そうなんだ。どうもそうゆうの、気になるタイプらしくって俺。
・・・竹林も、昔はアオイちゃんとは少し感じは違うけれど、荒んだ瞳をしていたんだぜ。今からじゃ、そんなの想像できないだろ。」
「嘘・・。」
「本当さ。あいつの家庭の事情、複雑らしくって・・・まあ、とにかく明るくなってくれて、今は本当によかったと思っているんだ。」
「本当だね。」
「・・・河田の事情も複雑だけど・・・せっかく落ち着いているあいつを、混乱させないでほしいんだ。」
釘をさすような青木の発言だった。
ドキッとする言葉だった。この先の二人の関係を暗示するかのような不吉な言葉・・。
「ごめん。・・・分かってるよ。僕だって、竹林はとても大切な人だ。
そう長い間は、振り回すつもりはないから・・。」
(今だけなの・・せめて今だけ・・。カウントダウンの数字が『0』になったら、多分私はいなくなるから・・。)
心の中でつぶやいた言葉を、口に出していたなら、この後の展開は、もう少し違ったものになったかもしれなかった。
けれも、美咲はあえて口にはしなかった。
気持ちの優しい青木までも、巻き込んで解決できる問題ではなかったから・・。
返事をしてから、前をむく美咲の顔を、青木は痛ましげに見つめる。
「そう言うんじゃなくて・・今だから思うんだけれど、あいつ。河田だから気持ちを寄せる事が出来るんだと思うんだよ。」
「すっごい買いかぶりだよ。そんなたいした者じゃないよ、僕。
・・・僕こそ竹林に出会えて、本当によかったと思っているくらいで・・。」
青木の言葉に首を振って答える美咲の表情は儚げで、青木は言いかけた言葉を呑み込んでしまう。それ以上何も言えなくなってしまったようだった。
その後は言葉も続かず、無言で二人は揺れるバスに身をゆだねるのだった。
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