●35話

 ・・第二章・・


玄関をくぐると、ちょうど通りがかった女中らしき和服の女性が足を止める。
「あら、お帰りなさい。」
「志乃はいる?・・・友達が来てるんで、お茶を出してほしいんだけど。」
篠山が声をかけると、和服の女性は、チラリと背後で控える美咲に気付き、ニッコリ笑うとうなずいた。
「わかりました。お茶は、私室の方へですか?」
と、質問を返してくる。
「仕事の仲間じゃないから、私室だよ。」
答える篠山の声も、柔らかい。
「靴は、こっちの靴箱に入れてくれればいいから。」
美咲に靴箱を指差して、自分の靴は手に持って中に入る。
不思議な顔をする美咲に、
「普段は裏玄関を使うから、ここに置いておくと都合が悪いんだ。家人は、表玄関から入ることは、ほとんどないからね。」
と、答える声の調子も、やはり柔らかい。
そこで、気づく。
篠山は、いつも美咲には優しかった。竹林や青木には、怒鳴ったり、茶化したり、蹴りを入れたりするのに、美咲にはいつも穏やかな様子で、接してきてくる。
(はじめから、私が女だってのを、分かっていたから、優しかったんだ・・・。)
それを思うと、何となく少しガックリきたのは何故だろうか。
裏玄関は、表玄関に隣接していて、篠山は通りすがりにサッと靴を置いてくると、台所を横切り、さらに奥へ進む。
河田榛の家とはまた違う歴史の重みを感じさせる、木製の古い階段を上ると、「俺の部屋はこっち・・。」
と、指差し、障子を開けて紹介された部屋は・・・。
畳と和式の机が置いてある。障子と白壁と、凝った作りの欄間が鈍い光りを発している。
屋敷の外観を、全く損なわない和室だった。
その部屋を蹂躙していると、表現した方がピッタリくるくらいのパッチワークの品が、覆い尽くしている。
すべて、藍色系でまとめてあるので、全然ゴチャゴチャした感じがしない。
たくさんの品に囲まれた部屋は、なおかつ男性的な雰囲気を醸し出していた。
奥の間には、なぜだか衣紋掛けがつるしてあって、しっとりとした色合いの着物がかかっていた。
「?」
疑問符を浮かべる美咲の表情を、素早く読み取った篠山が、
「俺、日本舞踊もやっているんだよ。」
言って、さりげなく舞の手本を見せて、にこやかに笑うのだ。
「!」




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