●31話
・・第二章・・
河田の話を聞いた、その週の末日。竹林はあるホテルにチェックインしていた。
広いダブルのベットが部屋のほとんどを占める。
申し訳程度に一組のテーブルとソファが置いてあり、竹林は座ってある人物を待っていた。
待つのに、たいした時間がかからなかった。
軽く扉がノックされて、ドアまで歩いて扉を開ける。
とたん、ものすごい臭気に近いくらいの香水の匂いが漂ってきた。思わず吐き気をもよおした竹林なのだが、相手はそんな事、気付くはずがなかった。
彼女なりに、着飾ってきたのだろう。
年齢を隠そうと、ドギツイくらいに化粧を塗って、ブランド物で全身を、覆い尽くした中年の女性が、竹林を見降ろしていた。
彼女は、竹林からすると、血のつながらない叔母にあたる。義母の年の離れた妹だった。
12歳の竹林の純潔を奪った相手。家で行われたクリスマスパーティーで、彼の部屋に入り込み、無理矢理事に及んで、脅迫してきた相手だった。
その時、竹林は男と女の行為の意味すら、よく分かっていなかったのだ。
竹林家の跡取りを生めなかった義母は、父が外に作った女との間に設けた男児を養子に迎えた。
その辺りの事情をよく知った彼女は、水商売をしていた生みの母を嘲り、男娼のように、子供だった竹林を何度も嬲ったのだ。
心の中で、この女を何度殺しただろう・・・。
現在、彼女は父の経営する副院長の一人として、様々な権限を持つ立場にある。
「・・書類。用意してくれました?」
固い声で語りかける竹林に、彼女は優越感丸出しの視線を隠そうともせずに、顎をしゃくる。
「あら、久しぶりの言葉もないのかしら?
・・・中に入れてくれないの?まさかここで渡して終わり。ってことないでしょうね。」
「そんなはずはありませんよ。茜さん。・・・どうぞ。中へ。」
竹林の応えに彼女は頷き、ゆうゆうとした態度で、部屋の中に体を入れた。
香水の匂いが、さらにキツくなる。部屋中に蔓延するこの香りは、これからの行為の象徴のように毒々しい。
部屋の中に入ってきた彼女は、竹林が椅子に促すのにも関わらず、ダブルベットの上に腰掛けた。
間髪いれずに、バックから取り出した書類を、ポン。と放りなげるようにして、絨毯の上にばらまくのだ。
口を、真一文字にキツく引き結んだまま、竹林は何も言わずに書類を拾いあげて、素早く確認してゆく。
原本は、さすがの彼女でもってしても、持ってくるのは無理というものだろう。複数枚、コピーしたそれは、ほとんどがドイツ語で書き記されてある。
それでも、名前等は日本語で書かれてあるし、竹林でも分かる文字もあった。
この書類は・・。
美咲の話が、事実であると立証する証拠・・・彼らのカルテ・・診療記簿だった。
幸か不幸か、河田凉と田中美咲は事故の後、竹林の父が理事を務める病院に、救急搬送されていたのだ。
「こんな物、どうして必要なの?」
さりげなく書類の内容が間違いないかチェックし、黙々と作業を進め、バックに詰めた竹林の姿を、鼻で笑って彼女が問いかける。
「・・・さあ、何故でしょうね。」
小さく答えた竹林は、座って待っている茜の側に寄って、唇にキスを落とした。
始めはついばむように始められたそれは・・けれどもすぐに二人の猥雑な音に変わって、部屋中響きわたる。
彼女の嗜好は、行為そのものに免疫がなかった竹林にとって、エグイ物以外何物でもなかった。
絶頂を迎えるまで、体の奥の襞を舐めあげなければ満足しない。
それを思うと、こみ上げてくる吐き気を、懸命に抑えなければならなかった。
こんな関係は、竹林が実家に帰らないようにしてから、ナシに出来た関係だったが、彼女くらいしかいなかったのだ。
副院長の権限は意外にも大きい上に、法を犯してまで門外不出の書類を、外に出してもらえる人は・・・。
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