●2話

 ・・序章・・



「・・・ここが寮・・。」
 案内役の警備の人に連れられて、建物の前までたどり着いた美咲は、ボストンバックを手に、清々しい気持ちで、学校の寮を見上げて言っていた。
 他の荷物は、すでに宅急便で送ってあり、おそらく美咲の部屋に運ばれているはずだ。
 小中高、大学の一貫校である学校内の敷地内に、寮は点在していた。校庭を横切って、テニスコートを横切り、ゴジャゴジャある建物を通り過ぎて、たどりつく場所だった。
 さすがに歴史ある学校は、風格が違う。
 すべての校舎は格式あり・・・とはいえ老朽化も災いして、改築も順番には行っていると、案内の道すがら、警備の人に教えられた。
 ただ築30年以上は、経っているかと思える目の前の寮は、まだ改築の恩恵を受けていない。
「ここのクラスの寮は、まだ個室ではないのでね。二人部屋になっているんだよ。」
 はるかに年下の学生に向かって、業務用の笑顔を浮かべて言う。
「そうなんですか。」
 美咲が答えると、彼は手元の用紙をぺラペラめくりながら、
「河田凉くんでしたね。
 301号室になっています。・・鍵はこっち。」
 と、ジャラジャラ言わせた鍵を一つとる。
「失くさないようにね。マスターキーは、もう一つあるけれど、失くした場合は、全部鍵を取り替えるように、決まりでなっているから・・。」
 説明する間にも、プルプルと、携帯電話がなって、
「はい、あっ。新入生ですか?・・ほとんど説明終わった所なので、ただちに行きます。」
 と、あわただしげに電話を切り、
「何か他にないですか?」
 と、聞いてくるのを、美咲は
「別にないです。ありがとうございました。」
 と、答えて鍵を受け取るのだった。
「・・・301かあ。」
 床でも抜けそうなたたずまいの寮を見上げて、
「よし。行くか。」
 と、ボストンバックを肩にかけ、歩を進めてゆく。

 ・・・そうなのである。
 今の美咲には、車椅子は必要なかった。
 ・・・・約束を破った美咲に起った現象は、一つではなかったのだ。
 美咲は思うままに自由に移動できた。
 足が動き、歩いたり走ったり、椅子に腰かけたり・・・。
 ほとんどの人が、当たり前のように出来ると知った時の感動を、今でも美咲はリアルに思いだすことができる。
 目を閉じて意識を沈めると、『10』のカウントの文字が浮かんでいるのは、変わらないとしても・・・。



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