●10話
・・第一章・・
時計を見ると、まだ7時を少し過ぎた所だ。入学式は9時からで、8時半から受付だ。まだ十分、間に合うはずだった。
今朝の朝食の時間だって7時半からで、これも間に合う時間だ。
昨日のうちに、食堂に張り紙をしてあるのを、美咲はチェックしておいたのだった。
10分もしないうちに着替え終わると、それを計ったかのように竹林が扉を開けて、
「着替えすんだか?朝飯食べにいくぞ」
と声をかけてくるのである。
「うん。すんだ。」
短く返事して、あわてて部屋から出てゆく美咲に、竹林はまた顔をそむけた。
そして、ドアに鍵をかけ、後ろを振り返りもせずスタスタ歩き始める彼の様子に、美咲は昨日と違うものを感じてしまう。
昨日の彼は、美咲を避けるような様子はなかったのに、今朝からは目もあわせない。
(どうしたんだろう・・。)
こちらも美咲の知らない所で、彼の機嫌を損ねる事をしてしまったのだろうか。
例えば昨晩、美咲のイビキがひどすぎて、ほとんど眠れなかったとか・・。
眠っている間までは、自分の体に責任持てなかった。
(ひょっとしなくても、そうかも・・。)
疲れている上に、環境が変わって枕も変わり、眠りにくかったのもあったから、大いびきだったのかもしれない。
「あの・・竹林・・。」
ズンズン歩いてゆく彼の後ろ姿に声をかけてみるのだが、竹林からの返答はない。
聞こえていないのか、聞こえていても、無視しているのか・・。
美咲は二言目が出なかった。
食堂につくと、入学式だけが執り行われるせいで、新入生と、クラブ活動に出る生徒だけで、中は割と閑散としていた。
そこでも、竹林は美咲と目を合わせようともしない。
美咲のなかで、疑問が確信に変わってゆく。
竹林に、美咲は何かしたのだ。間接的ではあっても・・。
昨晩、寝る前までは普通だったので、何かしたのは昨晩に違いない。
(そんなにイビキ酷かったの?)
一言聞けば、答えが返ってくるのにそれができない。
ものすごい勢いで朝食をかけこむ竹林にあわせて、美咲もあわてて朝食を口に入れるのだった。
・・・食事をすませた美咲と竹林は、お互いの顔を見ずに、気まずい沈黙の中、黙々と朝の準備をしてゆく。
といっても、共同の洗面所で並んで顔を洗い、トイレを使った後は部屋に戻る。そして昨晩のうちに用意しておいた学校内の見取り図と、入学式のしおりなどを手に持つだけで、至極簡単なものだった。
入学式は、体育館で行うと書いてある。
自慢じゃないが、美咲は地理音痴だ。眉をひそめて地図を見ていた美咲に、竹林がチラリと見つめ、
「そろそろ行くか?」
と、聞いてくるのにハッとなる。
視線を合わせないのに、一緒に行くと言う。
(一緒に行ってくれるのぉー。避けてるのに?)
美咲には断るなんてできなかった。
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